つけもの博士、小川先生への惜別の辞
小川敏男先生が、11月13日に82歳で逝去された。 3か月前に肝臓がんが発見されたのだという。 突然の訃報に、無念の想いが強い。
先生は、福島県の出身で、東京農工大学を卒業、東京都立農村工業指導所(現・都立農試)に奉職、増田千里先生の指示で、特に農産漬物の研究を進められた。
東京都農業試験場の場長まで勤めあげたあとも天下りの話を拒み、自らの生涯を漬物の研究と指導と定めていた先生は自宅の庭の一隅に、
鉄筋コンクリート造りの研究室を開設、「漬物研究所」として、全国、海外諸国の指導まで続けてこられた。
私が初めて先生にお目に掛かったのは昭和31年。
友人が化学薬品拡販のために、漬物業者に配布する冊子をつくる話を、当時、大阪薬品新聞の支社長をしていた私の所に相談にきて、
それなら、漬物屋さんの役に立つ話を集めて月刊雑誌を出したらどうか、という事になり、私は、当時の新聞社の社長の了解のもとに編集を引き受けることになった。
雑誌の名は「漬物と技術」。 この創刊号に小川先生は「福神漬けの防腐に関する研究(第一報・浅見利造氏と共同研究)」を寄稿されている。
当時漬物協会の専務をしていた八幡屋の北川原幸四郎氏の紹介状をもって立川の農業試験場に伺った。 先生は独りで100坪を超える試作室をもっておられた。
以来、毎号、先生の報文をいただいて来た。
「つけものか」といわれ「つけもので博士号がもらえるのか」と見下されてきたその「つけもの博士」として、
先生に大活躍をしていただきたくて師事していた東京農大の住江金之先生にお願いした。
論文提出が遅れて、住江先生が亡くなられた後、小原哲二郎先生にお願いして他大学出身者では初めての東京農大の農学博士号授与が実現した。
故小原先生を病院に見舞われた小川先生に「君はいい研究をしたねえ」といわれたという。 合掌。
株式会社食品研究社 社長 園田昭司