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健康への関心が高まり出し、テレビも普及した昭和50年代の話だが、明治製菓(株)が、新宿の新居裕久医師を講師にしてテレビで、健康時流を捉えたPR番組を企画した。この番組のタイトルに「薬食同源」を予定していたところ、厚生省の目が気になって、“薬”の字を使うとまずいのではないかと新居氏に相談した。「私は医師だから、“医食同源”にしたらどうか」という提案があり「医食同源」という言葉がこうして生まれた、という話がある。最近では、「薬食同源」という言葉を使う人が少なくなり、「医食同源」が“正統派”?になってきているようだ。クスリがつかない方が一般にはなじむためか、あるいはテレビ宣伝の影響が大きかったためか、「医食同源」の方が幅を効かしている。
食品研究社は、昭和41年7月1日付で「食品開発」という月刊雑誌を出版した。今の「フードリサーチ」は、その流れを継ぐ雑誌だが、実は「食品開発」という言葉が世の中に出たのは、この雑誌が創始であり、食品研究社が創出した言葉である。それ以前には、「食品開発」という言葉は存在していなかった。「医食同源」と同じ、苦しみの中から生まれた言葉であった。1年間、考えた末だ。
当時、食品研究社は「月刊食品」という雑誌を出版していた。この雑誌は、漬物業界を振興させるために、後に「漬物博士」と愛称で親しまれた小川敏男先生等の指導を得て、昭和30年代に年商数百億円だった漬物業を大きく成長させるのに役立ったと評価された。「食品と開発」という雑誌がある。健康産業新聞社が版元だが、実は、私が健康産業新聞の創始者であり、食品研究社から「食品開発」誌を、食品研究社で3か月ばかり「食品と開発」と名を変えて発行して移した。やがて退任(健康産業新聞社会長)を予見して、「食品開発」の名を残さなかった。「食品と開発」の名も良い名だ、と“名付け親”としては認めている。
食品研究社 社長 園田 昭司
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